Algebraic Effectsの型システム入門
はじめに
Algebraic Effectsは計算エフェクトを扱う言語機能である。エフェクトとハンドラから成り、エフェクトの発生をハンドラが捕捉し、なんらかの値を返してエフェクト発生部分からの計算を再開する。エフェクト自体は何もせず、ハンドラが具体的な計算をおこないという部分が重要である。例えばDependency Injectionにおいては、インターフェースで定義されたメソッドがエフェクトの定義、メソッドを呼び出すのがエフェクトの発生、インターフェースの具体的な実装がハンドラ、と対応づけることができる。 Eff言語で実際に例をみてみる。
effect Random : int
Random というエフェクトを定義した。このエフェクトを発生させると適当なint型の値が得られる。
そしてハンドラは次のようになる。
let always_zero = handler
| effect Random k -> continue k 0
| val x -> x
let native_random = handler
| effect Random k ->
let r = get_random () in (* なんか都合のいいビルトイン関数 *)
continue k r
| val x -> x
常に0を返すハンドラと言語組み込みの乱数生成器を利用するハンドラの2つを用意した。effect Random k -> ... というマッチアームでRandomエフェクトを捕捉し、continue kに値を渡すことで計算を再開する。kってなんやねんとかは今回は省略する。計算を再開できるんや。
そしてハンドラを受け取って計算をおこなう関数を定義する。
let rand_with h = with h handle
let x = perform Random in
let y = perform Random in
x + y
ハンドラが第1級オブジェクトなおかげでハンドラを受け取る関数が書ける。適当なハンドラがRandomの発生をキャッチしてくれると計算ができる。
では実際に使ってみる。
let () = print_int (rand_with always_zero) (* prints "0" *)
let () = print_int (rand_with native_random) (* prints RANDOM number *)
いいですね。Randomエフェクトが発生したときにどんな値が返ってくるのかがハンドラによって切り替えられるのがとにかく重要です。
もう少し丁寧な解説はこちらを参照されたし。
エフェクトの型
ところでRandomエフェクトが発生すると必ずハンドラに捕捉されるという保証はあるのでしょうか? Javaのthrows HogeExceptionみたいになってると嬉しいんですが…。
とりあえずエフェクトが発生した位置の残りの計算部分にエフェクトが発生したことが分かるようにマークを付けてみます。
let rand_with h = with h handle
<let x = perform Random in (* 1 *)
<let y = perform Random in (* 2 *)
x + y> (* Random(1)が起きた *) > (* Random(2)が起きた *)
テキストの限界を感じています、今
<マークが付けられた計算部分> といった感じでマークを付けてみました。幸いにしてEffは式指向な言語なのでearly returnがなく末尾位置の式を見ればどういった値を返すのかが分かります。返す値にマークが付いているので、rand_with はRandomエフェクトが発生することが分かるようになりました。したがって rand_with 内の計算は intを返すがRandomが発生する という型になります。これを int!{Random} と表現しましょう。
let rand_with h = with h handle
let x : int!{Random} = perform Random in
let y : int!{Random} = perform Random in
(x + y) : int!{Random}
ではhの型は int!{Random} -> int!{} とかでしょうか。t!{}はtを返しつつ何もエフェクトを発生しないということを表しています。つまり{}というのはエフェクトの集合を表すことになります。JavaのT throws HogeException, FugaException というのはt!{HogeException, HugaException}といったように表現されます。ハンドラの型についてはもう少しあとで真面目に考えてみましょう。
val rand_with : (int!{Random} -> int!{} ...?) -> int!{}
エフェクトいっぱい
とりあえずエフェクトを増やしてみましょう。
type key = string
type value = int
effect Read : key -> value
effect Write : (key, value) -> unit
(key, value) environment みたいなデータ構造を仮定してRead/Writeエフェクトを定義しました。
let env_with h = with h handle
let x : value!{Read} = perform (Read "x") in
let y : value!{Read} = perform (Read "y") in
let () : unit!{Read, Write} = perform (Write ("z", x + y)) in
(perfofm (Read "z")) : int!{Read, Write}
なんか変な型になりましたがこうなってほしいはずです。4行目に注目してください。let右辺ではWriteエフェクトだけ発生していますが残りの計算部分は{Read, Write}になっています。やりたかったことは式全体の型にエフェクトが発生することを伝搬することだったので、Writeエフェクトが発生する部分でもそれまでに発生したReadエフェクトを引き継いでいるのです。
サブタイピングのにおいがしますね。{}がtopで、{定義されているすべてのエフェクト}がbottomとしてその間にtransitiveなサブタイピング関係がスパッとできそうです。
val env_with : (int!{Read, Write} -> int!{} ...?) -> int!{}
多相エフェクト(未完)
難しいので割愛
type 'a option = Some of 'a | None
effect Option : 'a option -> 'a
let with_option th =
handle th () with
| effect (Option (Some v)) k -> k v (* `v`の型に関して具体的な操作(`v : int`として `v * 3`とか)はキツいカモ… *)
| effect (Option None) _ -> None
| val v -> v
ハンドラの型
ハンドラは式の型からエフェクトを取り除いていくものと考えられます。またハンドラにはvalue handlerがあり、関数のようにa -> bと受け取った値の型を変更することができます。ではハンドラの型は a!e => b!e' としましょう。ここでeとe'の間にはサイズに関する関係は定義する必要がありません。というのもトップレベルでa!{}となれば良いわけですから、実はハンドラを適用する前後でエフェクトの集合のサイズは必ずしも縮小していなくていいからです。
Randomエフェクトをハンドルするハンドラを思い出してみましょう。
let always_zero = handler
| effect Random k -> continue k 0
| val x -> x
let native_random = handler
| effect Random k ->
let r = get_random () in
continue k r
| val x -> x
これはvalue handlerがidのように受け取った値をそのまま返すので型の変更がありません。したがってどちらも'a!{Random} => 'a!{}と考えられます。
…いや本当ですか? すべてのハンドラはキャッチできないエフェクトを素通しします。なのでeffect e k -> perform e |> continue k のようなマッチアームが暗に付属しています。なのでこのエフェクトをして'a!({Random} ∪ e) => 'a!eのようになります。
ハンドラ内部の型を見てみましょう。
continue kの型はint -> 'a!eになります。intはRandomエフェクトの型に対応し、'a!eは ハンドラ全体の戻り値 と同じになります。ハンドルされる式と同じ型じゃないんですか? 違います。continue k hogeが表すものは、ハンドルされる式が評価されきって、更に値がvalue handlerに渡されるところまでのコントロールとなります。なのでcontinue k hogeが返す値はvalue handlerの返す値であり、型も同様にvalue handlerの返す値の型になるのです。value handlerの引数の型は'a!e、ボディの型もこの場合は同じく'a!eとなります。いい感じですね。
val always_zero : 'a!({Random} ∪ e) => 'a!e
val native_random : 'a!({Random} ∪ e) => 'a!e
Read/Writeエフェクトのハンドラも書いてみます。
type ('l, 'r) either =
| Left of 'l
| Right of 'r
let with_fresh_hash () =
let env = Hash.new () in (* なんか都合のいいデータ構造 *)
let () = modify env "x" 4 in
let () = modify env "y" 7 in
handler
| effect (Read key) k ->
begin
match lookup key env with
| Some value -> continue k value
| None -> Left ("key " ^ key ^ " not found")
end
| effect (Write (key, value)) k ->
let () = modify env key value in continue k ()
| val x -> Right x
まあまあ大きな実装になりました。環境envを作ってclosingしたいので unit -> (ハンドラ)という関数の形になっています。Hashのあたりはなんかいい感じに各位読み替えてください。注目してほしいのはReadエフェクトで環境からの読み取りに失敗した場合(None マッチアームのところ)でLeftを返すところです。今更ですがエフェクトハンドラは計算を再開せずにやめることもできるんや! ということでReadエフェクトのハンドルではeither型を返してます。Randomエフェクトをキャッチしたときのことを思い出してみると、with_fresh_hashの返すハンドラの戻り値の型もeitherになってほしいわけです。value handlerを見てみると、確かにRightコンストラクタにxを渡しているのでeitherです。ヤッタネ!
continue k hogeの型は先程話したとおり、value handlerの返す型と同じになります。なのでReadに成功した場合もWriteした場合も型がいい感じに合いますね。以上より、with_fresh_hashの型はunit -> ( 'a!({Read, Write} ∪ e) => ((string, 'a) either)!e )となります。あるいはeitherを返す式をハンドルしてvalue handlerは受け取った値をそのまま返す実装にして ( ((string, 'a) either)!({Read, Write} ∪ e) => ((string, 'a) either)!e )となるハンドラも良さそうですね。
val with_fresh_hash : unit -> ( 'a!({Read, Write} ∪ e) => ((string, 'a) either)!e )
エフェクトを持つ式の型 再考
さて、ハンドラの型が分かったところでこれまで定義してきたrand_withやenv_withの型を明らかにしましょう。
val rand_with : (int!{Random} -> int!{} ...?) -> int!{}
ハンドラはint!({Rand}) => 'a!{}となります。rand_withではRandomエフェクトだけ起こることが明らかなので他のエフェクトを考慮する必要はありません。またvalue handlerによりintが何らかの型に変わる可能性があるので、ハンドラの戻り値の型は'aと多相になっています。
したがってrand_withの返す値もvalue handlerの返す値の型になるため、次のようになるのが正しそうです。
val rand_with : (int!{Rand) => 'a!{}) -> 'a!{}
env_withも見てみましょう。
val env_with : (int!{Read, Write} -> int!{} ...?) -> int!{}
これも同様に
val env_with : (int!{Read, Write} => 'a!{}) -> 'a!{}
エフェクトのハンドル
エフェクトの型とハンドラの型が明らかになったので、実際にエフェクトを発生する式からハンドラはエフェクトの型をとりのぞいてくれるのかを見てみましょう。
env_with (with_fresh_hash ()) : ???
型だけ見てみましょう。with_fresh_hash () は'a!({Read, Write} ∪ e) => ((string, 'a) either)!eという型を持ちます。これをenv_withに渡す。
env_withが欲しているハンドラの型は(int!{Read, Write} => 'b!{})です(型変数の衝突を避けるため、こちらを'bとしました)。'aをintに特殊化するとint!({Read, Write} ∪ e) => ((string, int) either)!eとなります。
int!{Read, Write}はint!({Read, Write} ∪ e)のスーパータイプとなり、'bを(string, int) eitherで特殊化した((string, int) either)!{}は((string, int) either)!eのスーパータイプなので受け入れOKです。env_withの戻り値は'bが特殊化されたので((string, int) either)!{}となります。
したがってenv_with (with_fresh_hash ())は((string, int) either)!{}になりました。いい感じですね。
おわりに(未完)
だいぶ大雑把な説明になりました。また筆者の知識不足により多相エフェクトの詳細には踏み込めなかったので悲しい。ハンドルされないエフェクト、ハンドラ内で発生するエフェクトやエフェクト集合に関するサブタイピングなど、抑えておきたいトピックはまだあります。 もっとまともな説明が欲しい方はこちら1 2とか、今回は説明しなかったrow typesを用いた型システム3などを参照されたし。 気が向いたら多相エフェクトの話も書きたいですが、今すぐ知りたいという方は4 5あたりを読んで私にご教授お願いします。
追記
続編: Algebraic Effectsの型システム入門(2) 多相エフェクト - Qiita
-
Bauer, Andrej, and Matija Pretnar. "An effect system for algebraic effects and handlers." International Conference on Algebra and Coalgebra in Computer Science. Springer, Berlin, Heidelberg, 2013. ↩
-
Pretnar, Matija, et al. "Efficient compilation of algebraic effects and handlers." CW Reports (2017). ↩
-
Leijen, Daan. Algebraic Effects for Functional Programming. Technical Report. 15 pages. https://www.microsoft.com/en-us/research/publication/algebraic-effects-for-functional-programming, 2016. ↩
-
Sekiyama, Taro, and Atsushi Igarashi. "Handling polymorphic algebraic effects." European Symposium on Programming. Springer, Cham, 2019. ↩
-
Kammar, Ohad, and Matija Pretnar. "No value restriction is needed for algebraic effects and handlers." Journal of Functional Programming 27 (2017). ↩
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